第3回 生まれるときの倫理

 人間が産まれるということそれ自体に、わたしたちは生命の神秘を感じます。わたしたちは皆、この世に産まれてくるという、一大イベントを経験してきました。このかけがえのない出来事に関わる生殖補助医療が、現在、急速に発展してきています。さて、人間が産まれるとき、どのような倫理的問題が考えられるでしょうか。ここでは、①人工妊娠中絶 ②出生前診断・着床前診断 ③代理母 の三つを提示したいと思います。

①人工妊娠中絶

 生殖補助医療の倫理的問題を語るとき、人工妊娠中絶から目をそむけるわけにはいきません。日本では、年間約100万人の子どもが生まます。しかし、出産に至ることなく、生命を絶たれる胎児は少なくありません。人工妊娠中絶は母体保護法によって規制されています。妊娠22週未満であり、(1)妊娠の継続又は分娩が身体的又は経済的理由により母体の健康を著しく害するおそれのあるもの、または(2)暴行若しくは脅迫によって又は抵抗若しくは拒絶することができない間に姦淫されて妊娠したもの、だけが人工妊娠中絶の対象となります。
 人工妊娠中絶は、倫理的には「胎児の生きる権利」対「妊娠している女性の自由」の対立です。胎児はいずれは人間となる生命として尊厳があるように思えます。その一方で、妊娠している女性には産まない権利もあるように思えます。このジレンマを解決することはできません。望まない妊娠をどうにかして削減するような社会的な努力が求められるのです。

②出生前診断・着床前診断

 出生前診断とは、子どもが産まれる前に、健康状態を確認するために行うエコー検査や羊水検査、血液検査を指します。その目的はおもに、胎児に先天性の染色体疾患がないかどうかを確かめることです。こうした出生前診断は、人工妊娠中絶と切っても切れない関係性にあります。染色体疾患が見つかった胎児の人工妊娠中絶が検討されてしまうことが現実となっています。このことは、障がいとともに生きる人間のあり方と齟齬(そご)します。
 着床前診断とは、もっと早い段階でそうした染色体疾患を見つけます。着床前診断とは、人工授精と子宮への受精卵移植を前提とした技術であり、子宮に受精卵を移植する段階で、染色体疾患などを検査します。この場合、たしかに人工妊娠中絶にはなりません。しかし、生命の選別なのではないか、という批判は根強くあります。その一方で、現在の社会状況において、もっとも幸福に過ごせる人生を準備するのが子をなす親の役目であると考え、着床前診断を擁護する議論もあります。

③代理母

 人工授精の技術の発展は、親子関係を複雑化させました。日本にはながらく生殖補助医療に関する法律がありませんでしたが、2021年、生殖補助医療法により、整理がなされました。しかし、人工授精にまつわる倫理的問題は、国内のルールだけにとどまるものではなく、グローバルな観点が不可欠です。たとえば、代理母の問題があります。日本人カップルが海外の女性に依頼して自分らの受精卵を移植し、金銭を代価に出産してもらう。これは、倫理的に許容できるでしょうか。人間が産まれるときの倫理は、まだまだ検討すべき課題が多いというのが現状なのです。

(文:医療倫理懇話会)

今回のテーマについてさらに知りたい方には下記の本がおすすめです。
・『生殖医療』(シリーズ生命倫理学 第6巻/菅沼信彦・盛永審一郎/丸善出版)

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