第1回 医療倫理とは何か

このシリーズ記事の最初として、「医療倫理」とはどういうものかを簡単に説明したいと思います。
医療倫理とはなんでしょうか? それは、医療をめぐる人間と社会の望ましいあり方の模索です。医療倫理には医療従事者(医師、看護師など)に課せられたプロフェッショナルとしての責務や心構え(職業倫理)が含まれます。
しかしそれだけではありません。医療倫理には、患者さんの権利、患者さんと医療従事者の関係性の構築、社会と医療の関係、医学研究と市民の関係など、多岐にわたることがらが含まれます。それらを整理してみると、医療倫理には大きく分けて三つの領域が含まれることがわかります。①臨床倫理、②研究倫理、③公衆衛生倫理です。

①臨床倫理

臨床倫理は、病院やクリニックで提供される医療に関する倫理です。患者さんはどこかしら身体(と心)に困難や不安を抱き、病院・クリニックを受診します。患者さんが希望する、よりよい医療を、公正なしかたで提供することが病院・クリニックの使命です。倫理的問題はどこに生じてくるでしょう。
例えば、患者さんが希望する医療と医療従事者がよりよいと考える医療とが異なることがあります。また、よりよい医療が公平に配分できないことも起こりえます。具体的には大きな事故などで一時的に医療提供機能が著しく低下するような場合です。
 実際の臨床の場面では、典型的に倫理的問題が生じる領域があり、臨床倫理の中心的テーマを構成しています。主に三つの領域があります
 第一は、生まれてくるときの倫理です。人工妊娠中絶、第三者提供人工授精、代理母など、多くのトピックスで倫理的問題が生じます。
 第二は、わたしたちが死ぬときの倫理です。治療の差し控えや治療の中止は深刻な倫理的問題を引き起こします。さらに、欧米では積極的な安楽死が議論され、その結果、限定的に積極的な安楽死が認められている国もあります。
 第三は、新しい医療技術の開発によって引き起こされる倫理的問題です。臓器移植という医療技術が開発されたことで、日本でも脳死に関する議論が巻き起こりました。脳死を人の死と認めてもよいかという倫理的問題です。また、ゲノム編集技術の革新的発展は、ゲノム編集を人間に施してよいか、どこまでゲノム編集技術の適用は許されるかという問題を生じさせました。

②研究倫理

 新しい、よりよい医療を提供するためには医学研究が欠かせません。しかし、歴史を紐解いてみると、残念ながら、人権が蹂躙された医学研究の例が散見されます。医学研究はどうしても最終的には人間を実験の対象にするより他ありません。研究に参加する人の権利をいかに保護するのか、これが研究倫理の大きな課題です。
 また、権利が侵害されるのは人間だけではありません。医学研究では多くの実験動物が研究に供されます。研究倫理は動物倫理を含んでいるのです。

③公衆衛生倫理

 2020年から、新型コロナウイルス感染症は市民生活を一変させてしまいました。感染拡大を抑えるために、マスクの着用や、飲食店の営業制限、イベントにおける観客制限など、じつにさまざまな行動制限が市民に課せられます。こうした、行動制限はいかなる理由に基づいて正当化することが可能なのでしょうか。
 また、新型コロナウイルス感染症による肺炎が重篤化した場合、人工呼吸器が必要となるときがあります。世界では、人工呼吸器が不足してしまうという究極的な状況もレポートされています。さて、人工呼吸器が不足するという医療が逼迫下状況に陥ったとき、医療資源の配分(これはすなわち命の配分に他なりません)はどのよな根拠に基づくべきでしょうか。このような、公衆衛生に関する倫理的問題を扱う分野が、公衆衛生倫理です。

 医療倫理についてさらに知りたい方には下記の本がおすすめです。
・『生命倫理学とは何か―入門から最先端へ―』(アラステア・V・キャンベル 著/山本圭一郎 訳、中澤栄輔 訳、瀧本禎之 訳、赤林朗 訳/勁草書房)
・『入門・医療倫理 1』(赤林朗 編/勁草書房)

次回は「医療倫理の原則」についてお話したいと思います。
(文:医療倫理懇話会)

※おことわり:この記事は市民向けのもので、学術的な厳密さよりも、理解のしやすさを優先しています。また、お問い合わせをいただいても回答しておりませんので、あらかじご了承ください。(ホームページ管理者)

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